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1970年代から、途中約10年間の冬眠期間を経て、のんびりと日常の機関車たちを追っています。地元千葉県を走る鹿島貨物と、仕事で赴く常磐線の貨物列車がメインです。最近はカメラのみならず、安い手持ちビデオカメラを使って動画撮影も始めました。

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EF64-1000+EF62重単@上野駅


これも昔のテストショットの中の1枚です。ネガを見てみると本命は宇都宮ゴハチの団臨だったようですが、きっと上信越方面の臨客仕業がいくつかあったのでしょう。任務を負えたEF64-1000とEF62が、まとめて返却のためにいったん上野駅まで引き上げられてきたようです。当時は、これら”新性能機関車”はほとんど興味の対象外だったため、まともにカメラを向けるファンもほとんどいませんでした。ロクヨンはほぼ上越路から撤退し、EF62に至っては、そもそもの活躍の場である信越本線自体が寸断されてしまったのですから、今思えば、実にもったいない取り合わせでありました。


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テストショットに”宝”あり!



ジジイの思い出話で本当に恐縮ですが、昔は同じカメラでも今のようなデジタルではないので、撮れる枚数には自ずと限りがあり、撮りたい写真をミスなく撮るためには、その場で事前に1〜2枚のテストショット(捨てカット)をしておく必要がありました。そうした時は、たいていその場にいる「どうでもいい相手」を被写体に選ぶのですが、改めて昔の写真をチェックしてみると、そうしたテストショットの中に、意外と面白いものがあったりするから不思議です。
この写真は、たぶん田端操でゴハチの出区写真を撮るために出掛けた時のテストショットですが、高崎二区のロクヨンと、門司から連れてこられてローズピンクに塗られてしまったEF81-300番台機が無造作に佇んでいる写真です。我ながら、撮り方も相当いい加減(苦笑)。今、こんな並びが実現したら、それこそ大騒ぎになるでしょうけど、当時はテストショットの対象にしかなり得ないものでした。そう考えると、今、テストショットの対象にしかならない相手も、大切にしておかないといけないかも知れませんね。


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EF64-1000が本当の意味での”死神”だったころ



最近では、廃回を牽引する長岡のEF64のことを”死神”というのだそうですが、かつてのEF64-1000は、当時のファンにとって、その存在自体が”死神”でありました。
華々しくデビューした上越国境ではEF16やEF58を完膚なきまでに叩きつぶし、それで済めばよかったものの、今度はその一部が八王子に進出し、首都圏では珍しくひっそりと残り続けていたED16をものの見事に駆逐してしまったのです。ED16という”エース”を失った立川機関区は1984年に消滅し、EF15たちも含め、西東京地区での旧型電機は壊滅状態となりました。今となっては信じられないかも知れませんが、どれだけロクヨン1000という存在が恨めしかったことか・・・。そんなロクヨン1000も、今や追う立場から追われる立場へと変わってしまっていますが、そんな元気な若武者だったころの1枚もいいのではないか・・・と思い、選んでみました。これまた今は消滅してしまった八王子機関区の区札を挿して奥多摩石灰専貨の先頭で威風堂々と佇む、若武者1019号機の姿です。

拝島にて


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